歴史人物コーナー第2回は、日本人ならみんな大好き坂本龍馬大先生について語らせていただく。坂本龍馬は司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」等の小説の作られた創作のイメージが強く、実際は大したことのない人物だったと主張する人が少なからずいる。ゆえにそれに対して物申させていただく。
●前編は薩長同盟について
●後編は大政奉還について
薩長同盟成立の会議に坂本龍馬は参加しておらず、後で来て、薩長同盟成立の証人になっただけで、薩長同盟の重要人物ではなかったのではないか。という意見がある。
これは、歴史を浅いところまでしか学んでいない人の浅はかな発言だと僕は思う。薩長同盟成立の会議に坂本龍馬は参加しておらず、後で来て、薩長同盟成立の証人になったということが事実だとしても、それでも薩長同盟の立役者は坂本龍馬である。
薩長同盟以前、長州は薩摩藩に対して、途轍もない恨みを持っており、薩長はかなりの犬猿の仲であった。薩長同盟の話し合いなどできるような状態ではとてもなかった。しかし、長州藩にも薩摩藩にもパイプを持ち、軍艦をも操れる坂本龍馬が、最悪の不仲の薩長間での貿易を成功させた。薩→長で武器、長→薩で米を物流させ、薩長で互いに助け合う共助の関係をつくりあげた。バランサーの坂本龍馬本人が不在でも、薩長同盟成立の会議が開催できるほどの良好な関係までに回復させたのは坂本龍馬その人に他ならない。普通に考えて、その会議が開かれる前に両陣営とも同盟の意思があることを(坂本龍馬の仲介で)知ったうえでこの会議が開催されているはずである。それならば、その会議の開催前から、同盟成立はほぼ決定的で議題の本題は同盟国間でのルールの取り決めがメインの議題であったと考える方が自然ではないだろうか。
わかりやすいように例え話をする。坂本龍馬という仲人が薩摩と長州のお見合いを開催して、成婚した。プロポーズがOKされる瞬間に仲人がいなければ、仲人としての活躍はなかったことになるのか?仲人は普通、「あとは若い者だけで」とどっかにいく。坂本龍馬も会議に自分はお邪魔と思い、あえて参加しなかった可能性も考えられる。
小説や漫画やドラマ等では、ヒットさせなければいけないという思惑があり、やはり薩長同盟成立の会議の当日でもめたり、ためらいや迷いがあったりのピンチがあって、それ坂本龍馬が説得して活躍させた方がストーリーとして見栄えがよく、わかりやすく大衆ウケが良さそうだから、そのようにどうしてもなってしまうのだと思う。
逆にこの薩長同盟の証人になれる人が坂本龍馬以外に適任な人がいるか?って考えて欲しい。薩長同盟の証人っていっても、誰でもいいわけではない。薩摩からも長州からも信頼されていて、どちら側の人間でもない第三者ではあるが、この事実が漏洩しない人でなくてはいけない。坂本龍馬が最高の適任者であったのは間違いない。
坂本龍馬または坂本龍馬と同じような活躍をできる人がいなければ、薩長同盟はなかったであろう。
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